「こんにちは。MAKOです。今日は帝国陸軍悲劇の主力戦車、九七式中戦車チハの解説をしたいと思います。」





九七式中戦車チハ (下はチハ改)




「チハをこうして見てみると、リベットがたくさん突き出ていてちょっと装甲が薄そうというだけで別段、頼りなさそうな戦車ぐらいにしか思わないでしょう。しかしこの中戦車の実際の性能はそんな想像を遥かに凌駕するほど酷いものでした。」
「チハの戦車砲の攻撃力は敵の軽戦車、M3スチュアートの後面装甲をも破壊が困難で、その防御力はあらゆる距離からの敵弾をたやすく・・・・」


「ふふふ・・・少しおいたが過ぎるようだな、マコリンペン!」


「何ですか!あなたは。マコリンペンって言わないでください」
「チハのどこが弱かったというのだ!」
「イヤァァ!!変態だわ!
「変態ではないぞ!私は天才だ。
私は最強中戦車チハの偉大さをこの世に知らしめるために別の次元からこの世界に流れ着いたのだ!」
「どうしよう!今日はお忍びだからいつものSPがいないわ・・・」
ケンシロウ チハはいいぞ!!
「・・・・・・・・それでいったい何が言いたいの?」
「本題に入ろう。何を隠そう、第二次大戦勃発前の日本はソ連、イギリスに継ぐ世界第三位の戦車大国だったのだ。」
ぽかーん
「フハハハハ!所詮は中学生。まだまだ現実に対する理解力が不足しているようだな。
日本の主力戦車チハは登場時期からすると画期的な中戦車だったのだ。」
「と、いいますと?」
「君はいままで日協組の左翼教育に洗脳されていたのだよ、殿下クン。
チハと開発時期を同じくする各国の戦車を見てくれたまえ。
後に最強戦車王国として名高いドイツの主力戦車は訓練用のU号戦車Cだぞ?」






U号戦車





「U号戦車の主砲は戦車砲ではなく、機関砲ですね。」
「その通りだ。U号の20mmに対してチハの57mm。もうひとつの戦車大国ソ連のBT7でさえも45mmであったというのに!超大口径砲を装備したわが軍(?)の戦車は圧倒的ではないか!!」
「フフフ・・・それだけではないぞ。チハのエンジンはガソリンではなく空冷ディーゼルだった。
他の戦車はすべてガソリンエンジンなのに、だ。ここで少しディーゼルエンジンについて解説してさしあげよう。
ディーゼルエンジンとは燃料に軽油を用いる燃費の良い内燃機関だ。
また、軽油は燃えにくく、もしも戦車が被弾したとしても炎上して中の乗員を危険にさらす可能性が少ないのだ。」
「へーえ先進的なんですね。」
「戦車に関する第三番目の要素、戦車の装甲も最厚部分でチハは25mmであるのに対してBT7は22mmU号に至っては15mmであるぞ!!!」
「すごーい。圧倒的じゃないですか。」
「ウワッハハ!やっと帝国陸軍の偉大さが君にも理解できたようだな!
惜しむべくはチハが余りにも優秀だったために、後続戦車の開発にまじめに取り組まなかったことだな。
日本は貧乏でもあったしな。」
…∩( ・ω・)∩ チハタンばんじゃーい!!





「さて、はほっといて、そろそろ読者の方々にチハの実際の性能についてお話しましょう。」
「まずはチハの主砲の実際装甲貫通力からです。次の距離(m)と装甲貫通力(mm)の表をご覧になってください。
装甲傾斜角は0度で、すべて徹甲弾です。」





100m 200m 300m 400m 500m 600m 700m 800m
チハ 57mm戦車砲 30mm 28mm 27mm 25mm 23mm 22mm 20mm 18mm
U号 20mm機関砲 40mm 38mm 36mm 33mm 31mm 29mm 27mm 24mm
BT7 45mm戦車砲 70mm 68mm 65mm 63mm 60mm 58mm 56mm 53mm





「・・・・」
「この表を見てもわかるように、チハの九七式57mm戦車砲はドイツの訓練用戦車の20mm機関砲にも対戦車能力が劣るのです。
なぜ57mmが20mmに劣るのか?その鍵は弾頭強度にあります。日本は冶金技術が低すぎたために徹甲弾(対戦車用の砲弾)であっても目標に着弾すると弾頭が砕け散ってしまうのです。装甲の薄い戦車というのは装甲板に表面硬化処理を施しているため、たとえ相手が軽戦車であったとしても、よほど近距離から側面などの弱点を狙わない限りはチハの主砲では撃破は困難だったのです。」
ちょっと待ったあああああああああ!!!
チハは元々、歩兵随伴用の支援戦車だぞ!そのように設計されているがゆえに必然的に対戦車能力が見劣りするのは自明の理だ!!」
「そうですよ。だから対歩兵用の短砲を装備していた時点でこの時代に開発された主力戦車の中でも三流なのです。第一次大戦の終結後、装甲車両の技術力は飛躍的に向上し、戦車は戦場での直接的な脅威となり得るようになったため、世界各国は自軍の主力戦車に当然のことですが、対戦車能力を期待するようになりました。ソ連のBT、ドイツのV号、イギリスの巡航戦車、フランスのソミュアS35・・・・チハと同年代の設計戦車の多くは、対戦車戦闘を一応はこなせる事を想定してある優秀戦車です。近代戦車の必要条件を無視して、「戦場の主役は歩兵だ!」などと旧態依然とした考えがまかり通るようでは近代的な軍隊としては問題ありですからね。」
「とはいっても確かに、まだその頃は戦車の歩兵戦闘にも重点がおかれる時代でもありました。ですので各国は対戦車用戦車と歩兵随伴用戦車との2種類を同時に開発していました。ドイツのV号とW号、フランスの騎兵戦車と歩兵戦車、イギリスの巡航戦車と歩兵戦車などの関係ですね。ドイツの電撃戦後の後の歴史で、後者の戦車は次第に消えていきます。先進的なチハは一体どっちの戦車に属するのですか?
「・・・・多少チハの砲性能に問題があったことは認めよう。しかし、それもつかの間の出来事。
チハはまもなく、新型の超強力な「一式砲」に換装され、チハ改としてロールアウトし、連合軍戦車兵を震い上がらせることになるから当初の失敗は帳消しと言ってもよかろう。」
「そんなことなら最初からへっぽこ砲なんてつけなければいいのに。あら、へっぽこ砲しか作れなかったのなら仕方のないことですね。
ところで、設計当初はチハと同様に対歩兵用の短砲を装備した戦車にドイツのW号戦車があります。W号戦車の開発時期はチハとほとんど一緒ですね。」





W号D型中戦車




「ちなみに、戦車砲というのは口径が同じであれば、砲身長が長くなるほど威力も大きくなるものなので、日独両国は、それぞれの中戦車の低かった対戦車能力を改善するために砲身長のアップを図りました。チハがチハ改にアップグレードしたように、W号戦車も対戦車戦闘が有利になるように長砲身化をはかられました。ではちょっとその結果を見てみましょう。なお、チハの主砲の口径は長砲身化後、57mmから47mmに減少しました。」



100m 200m 300m 400m 500m 600m 700m 800m
チハ    57mm短砲身 30mm 28mm 27mm 25mm 23mm 22mm 20mm 18mm
W号D型 75mm短砲身 60mm 59mm 67mm 56mm 54mm 53mm 52mm 50mm




長砲身化後


100m 200m 300m 400m 500m 600m 700m 800 900m 1000m
チハ改 47mm長砲身(徹甲弾) 60mm 58mm 55mm 53mm 50mm 48mm 45mm 43mm 40mm 38mm
W号F2 75mm長砲身(徹甲弾) 130mm 127mm 124mm 121mm 118mm 116mm 113mm 110mm 107mm 104mm
W号同 (高速徹甲弾使用時) 160mm 155mm 149mm 144mm 138mm 133mm 128mm 122mm 117mm 111mm





「ほあ!装甲貫通力が2倍にも増えたぞ!」
「・・・もとの威力が低いチハにとっては2倍程度じゃ余り意味がないでしょう。100mの距離で、W号が70〜100mm増えたのに対し、チハは30mmの増加ですよ?
これではドイツのドアノッカー37mmPak(対戦車砲)の攻撃力と同じくらいです。
W号戦車の実用に供せるほどの攻撃力アップに比べて、旧軍の砲開発能力はこのとおり余り褒められたものではありません。
つまり、チハの攻撃力は「最初から最後まで」まるでダメダメだったということです。」
うわらば
「・・・うわらば?」
「ええい、攻撃力などというのは日本の戦車にとってはどうでもいい要素だ!日本戦車の優秀性はその堅牢な防御力にあったのだ。ドイツ戦艦のビスマルク級をご存知かな?この大和が現れるまでは世界最大だった戦艦はその図体からしたら比較的小口径な38cm砲を搭載していた。なぜか?彼等は自らの戦艦の防御力の高さに自信があったのだ!同様にして、チハも連合軍のすべての戦車砲弾を弾き返し最終的な勝利を手にしてきたのだ!」
「軍艦とは関係ないでしょう・・・・」
「チハに比べればBT7の装甲なんて紙くず同然なのだ。」
「それにしても、その優秀な防御力で敵砲弾をはじき返したなんて話、まったく聞いた事が無いですよ?
以下のような話ばっかりで。」



千葉下志津原、戦車兵操典普及教育 小林中佐

「敵を知り味方を知れば百戦あやうからず。戦車対戦車の戦闘は、彼我戦車の戦闘性能に最大の影響を受ける。敵戦車はBTを我は97式を想定すると、敵は射程距離1500mで我を貫通できるのに対し、我は彼の側面装甲を500mで貫通できるのみ。そのときの命中率は3発につき一発、彼は1000mで我を良く二発に一発で命中するであろう。BT戦車の戦場速度は97式の1.5倍。戦車の装備数から、常に敵の1.5分の1以下で戦うことを常態とするであろう。....この逆境でいかに勝利を獲得するか....」  



「チハのアレな主砲を斟酌したとしても、とても同世代の戦車の装甲板の質と同水準であったとは考えにくいようです。
中国戦線ではドイツ製37mm砲に1000mの距離から撃たれても貫通されたそうです。少し時代は進みますが、東南アジア戦線でもチハはすべての敵砲弾をスパスパ貫通させたそうですよ。
終戦まで最大装甲2.5cmの戦車を使い続けるなんて凶器の沙汰です。もう、昼飯の角度とか超越してます。」
「・・・・・ふは!それはアレだ、敵戦車の砲弾の貫通力を考慮して装甲板を薄くし、前面装甲板、後面装甲板も貫通するようにして全体の損害の軽微を狙っていたんだ!つまりすべての砲弾は突き抜ける事によって中の乗員も運が悪ければ一人が怪我をするだけだ。近代的合理主義の観点からは思いもよらない考えかもしれないが、いかにも東洋的な良いアイディアだとは思わないかね?ゼロ戦は防弾装備がゼロ、機体強度も最低だったが、長大な航続力と旋回性能の高さで緒戦では大成功をおさめたのと同じ事だ!」
「あなたさっきは敵砲弾をすべて弾き返したって言ったでしょ・・・
それに敵戦車や対戦車砲が徹甲弾ではなく榴弾を撃ったらどうするつもりなんですか?」

「たしかに、逆に砲弾が突き抜けることによって乗員が無事であった、という話も実際にあります。
 でもそれは戦車と呼べるのですか?悲しすぎますね。」
「それにヤバイんですよチハは・・・・砲弾が突き抜けると。」


「このチハの車体や砲塔にポコポコ突き出したネジみたいなのが何だかわかりますか?これはリベットといって、鉄板をつなぎ合わせるために熱く熱した鉄棒を押しつぶしたものなんです。徹甲弾がチハの装甲を突き抜けると、このリベットが車体の中をピュンピュン飛び跳ねて乗員を殺傷するんですよ。」
「リベット接合に関してですが、この接合法の問題点はまだあります。リベット接合法は簡易な接合法ですが、重量を無駄に増やしてしまうという難点があります。今日の我々は鉄板の接合というと電気溶接法をすぐさま思い浮かべると思いますが、この時代にはまだこのようなローテクな接合方法も広く使われていました。しかし、やはり強度や重量増加の問題もあって、次第に戦車の溶接法にはアーク溶接なども使用されるようになります。最終的に、第二次大戦で電気溶接法を完全に物にした国は無かったですが、どこの国もリベットと溶接をうまく組み合わせて強固な装甲の戦車を作り出しました。でも、日本の溶接技術は酷どすぎたと思います。なんせ、15cm程度の重砲の弾幕射撃を受けた場合、爆風だけで車体が大破して行動不能になるんですよ?」
「接合技術もさることながら、装甲版の質も最低でした。日本は冶金技術が低すぎたのです。その上薄い。チハの側面装甲はたった2cmしかないために、小銃弾でさえ角度が良ければ貫通しました。そのため、南方戦線で米軍がM4でチハを攻撃するときは、砲弾がもったいないというので車載機関銃を使用したそうです。それでもチハはボコボコに穴が空いて中の乗員はみんな死んでしまいました。一体何なんでしょうね?それが戦車に対する攻撃法ですか?加えて、米軍ではチハに塩酸をかけてどろどろに溶かしてしまう戦法も本気で検討されたそうです。」
「・・・・・・・・・・その、小銃弾貫通の話は側面装甲の話だろう?」
「そうです。側面装甲の話です。もともと、チハの装甲板というのは、職人が極限まで避弾経始を考慮して、突き出た六角ボルトの先端をやすりで尖がらせたりしていたそうです。職人の血の努力によってできた前面装甲は見事、小銃弾を跳ね返したのです!
「小銃弾をやっとで防げる程度の装甲で、避弾経始を考慮しても意味無いじゃんとか冷たいこと言ってはだめですよ。当時の職人さんは、大真面目でやってたんですから。
避弾径始というのは、砲弾が命中角度によって貫通力が異なることを利用して装甲版を斜めにして対弾性を向上させる、という工夫の事です。ソ連軍の傑作戦車と言われるT34は技術的には大したことの無いクリスティー戦車でしたが、この避弾径始を考慮して傾斜装甲を採用していたがためにドイツ軍の悩みの種となったのです。チハの前面装甲も被弾径始を考慮して装甲が斜めに構えられていました。でもチハの場合例えるなら、斜めに構えた厚紙で拳銃弾をはじけるか、というのと似ているような気がしますね・・・・・・」
「フッ、フフフフフ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・まだ何か言いたい事があるの?」
フハハハハ!笑止千万!攻撃力や防御力が何だというのだ?
チハのその真の実力は
機動力にあったのだ!
九七式中戦車チハは中国のチンピラゴロツキ専門の殺戮マシーンとして天命を受けた。
チハは大陸打通作戦で3000キロを駆け抜け、チンピラゴロツキ
3500万を殺戮したのだ!!
「3500万・・・・・」
「そうだ!他の連合軍には多少性能不足かもしれなかったチハでも、弱体なシナ兵にとっては最強の戦車たりえた。」
「ところで、旧陸軍が第二次大戦で主流だったガソリンエンジンを採用せずに、ディーゼルにした最も大きな理由は何だと思いますか?」
「チハは寒冷地仕様に作られたんです。つまり、仮想敵国のソ連を意識して
そして、出来上がったのがチハです。
内戦ばっかりやってて統制の全くとれていなかった中国兵とは互角に戦えたというのは結果論に過ぎません。」
「それでは次に、チハが最低戦車となった、最も大きな原因と思われる内燃機関の話に移りましょう。」
「まずは、おなじみの大戦前の戦車たちの、重量対出力比です。」




馬力・エンジン 戦車の重量 出力/重量比 最高速度
九七式中戦車チハ 170馬力ディーゼル 15トン 1t当り11.3馬力 38km/h
U号戦車A型 140馬力ガソリン 8.9トン 1t当り15.7馬力 40km/h
BT-7快速戦車 450馬力ガソリン 13.8トン 1t当り32.6馬力 52km/h(装輪 72km/h)





「このように、大戦勃発前だけ見てもチハのエンジンはほかの戦車にくらべて、その重量に対して出力が不足していたことがわかります。大戦が始まると各国の戦車の出力/重量比は15馬力/t以上が標準になっていきますが、チハは主砲の換装はすれど、エンジンは同じままでした。大戦も中期にさしかかると外国から輸入した工作機械が消耗していったため、工作精度がさらに落ち、カタログスペック通りの所定出力が出なくなり、近代戦車の必要速度である40km/hを大きく下回っていってしまいました。」
「で、でもそんなに鈍重だといっても大戦中にドイツが作った恐ろしく重たい重戦車に比べれば遥かにマシだ!もし帝国陸軍がティーガーを保有していたとしたら中国大陸での緒戦の勝利はありえなかった。」
「チハでもさすがにドイツの重戦車ティーガーよりは軽快だと?はたしてそうかしら



6号E型ティーガー重戦車



「はたしてそうかしらって、あの超重くて鈍重なことで有名なタイガーだぞ・・・」
「ティーガーの出力/重量比です。」




出力/重量比
九七式中戦車チハ 11.3馬力/トン
Y号戦車ティーガー前期型 11.4馬力/トン
同中・後期型 12.3馬力/トン




「へ?」
「チハのエンジン出力の割合は重戦車と同程度だったんですよ。もちろん、元々の重量が違いすぎますから登坂能力や足回りの信頼性はチハに分があるでしょうが、平坦地であれば最高速度はどちらも同程度でした。」
「そ・・・・そそそそんなバカな・・・・・・」
「・・・・・・フフ・・フ・・・・しかし、チハが開発された当初、先例の無い優秀なディーゼルエンジンを装備していたのはチハだけだった。」
「そのディーゼルエンジンが日本戦車の一番の問題点だったような気がします。」
「ではここで登場から程なくしてガソリンエンジンからディーゼルエンジンに換装された、BT-7Mとチハを比較してみましょう。」




出力・エンジン 戦車の重量 出力/重量比 最高速度
九七式中戦車チハ 170馬力空冷ディーゼル 15.0トン 1t当り11.3馬力 38km/h
BT-7M快速戦車 500馬力液冷ディーゼル 14.7トン 1t当り34.0馬力 62km/h (装輪86km/h)





「チハのディーゼルエンジンは出力あたりの重量とサイズが非常に大きい駄作エンジンなんです。つまり、容積あたりの出力がソ連やアメリカの4分の1から5分の1という低さです。と、いうか悲しい事に、当時の日本の工作技術ではサイズが大きくて低出力のエンジンしか作れなかったんです。重くてでかい。これが、チハの他の能力、例えば装甲厚などをまともにする余裕を阻んだのですよ。つまりゼロ戦と同じで、エンジンの低性能がネックとなって全体の性能を拘束してしまったんです。」
「旧日本軍の兵器を語る際に内燃機関の問題は避けて通る事が出来ないんですね。戦前の日本の精密機械工業の水準についてですが、基本的にエンジンのピストンなどの高い工作精度を要求する部品は、すべて熟練工員によるやすりがけの上、研磨仕上げが必要でした。自国製の工作機械の精度があまりにも低すぎたためです。その上、国産工作機械は消耗率が非情に高く、アメリカ製の十数分の一しかない。結局、精密な歯車などは輸入工作機械でしか作る事ができず、また、歯切板、フライス板などの高級工作機械は模倣すらできなかったため、日本の仏印進駐後のアメリカの経済制裁では石油とともに多くの工作機械の輸入も途絶えたため、機械の磨耗と共にエンジンの出力がカタログスペックよりも低くなります。だもんですから、大戦中に小型高出力の戦車エンジンや、まともな2000馬力級の航空エンジンなんて作る事なんて不可能だったんです。」
「それでは熟練工員の数を増やして、チハタンを大増産すれば日本の勝利は確実であっただろうに。」
「数を増やすどころか、陸軍が熟練工員を次から次へと徴兵してしまい、なおさら兵器の生産能力を下げてしまいました。
日本はフォード式の大量生産が出来るだけの工業力が無かったのにですよ・・・・それと、今日ではあまり想像できないかもしれませんが、日本のいわゆる職工と呼ばれる工員たちは元々低賃金もあってあまりまじめに働きはしなかったんです。宿舎は博打や盗難が横行し、工場派遣憲兵の監視のもとで、なんとか作業が成り立っていたというような状況です。
結局、ソ連みたいに女子供を強制労働させてまで作ったのにチハの総生産数は2000両程度にとどまりました。」
「強制労働・・・・・」
「ところで、読者の方々は紺碧の艦隊とか言う自称仮想戦記小説をご存知ですか?あの小説のミソは実在の国名が出てくるのに、その国家の構成員や構成要素はまったくの別物で、高品質な工作機械や鉄鋼は一体どこからやってきたのか全くの不明であるあたり、ある意味実に楽しい電波浴を楽しめるので是非、御一読してみたらいかがでしょう。」
「それは私の愛読書だ。」
「・・・・海外でもこの小説は、『英雄的行動の日本軍がマヌケな連合軍を散々叩きのめす、妄想と自尊心を満足させる書物が日本で大ブーム』とか報じられたそうですよ。恥ずかしい話ですね・・・・・」
「話は戻りますが、ではどうして小型で高出力のエンジンが作れないのなら戦車の全体重量の上限のほうをもっと上に取って装甲などを向上させることをしなかったのか?という疑問が当然わいてきますが、当時の日本では戦車の重量を15トン以上にすることが出来ませんでした。なぜなら港湾設備の能力がそれぐらいに限られるんですよ。ちなみに米軍のそれは30トンでしたが。南方などの島嶼部に輸送するにはこの15トンの条件は絶対的なものだったために、なおのこと小型で軽量なエンジンが望まれたんですが・・・・」
「しかし、チハが戦場向きのディーゼルエンジンを採用したこと自体は大きな功績だ!ソ連のあやしげなほど優秀なエンジンには確かに少し見劣りするが、技術大国ドイツでさえ、戦車にガソリンエンジンを終戦まで使い続けたんだぞ?!」
「ソ連のオーパーツとか言われる、異常に高性能な500馬力のディーゼルエンジンですが、もとはドイツ製ディーゼルエンジンのコピー品だったんです。それでなぜ、ドイツは自国の戦車にディーゼルエンジンを採用する事がなかったのか?その答えは・・・」
「それはきっと内燃機関に関する技術力はソ連や日本がドイツを凌駕していたからだ!」
「・・・・・さすがにそれは無いでしょう。日本にできて、ドイツに出来ないなんてことは。ディーゼルを採用しなかった理由はいくつかありますが、ひとつにはディーゼルエンジンは停車時に振動が発生するんです。戦前の戦車というのは現在の戦車のようにジャイロが付いていませんから、停車してからでないと主砲を発射しても絶対に目標に当りはしませんでした。」
「しかし、それはおかしいぞ。ノモンハンの時に、ソ連軍は我が軍の方に向かって突撃しながら主砲をバカスカ撃ってきた。」
「それはソ連軍にまともな戦略を考えられる人間が全くいなかったからですよ。なんせ、そのころのソ連軍は赤軍大粛清のあおりをうけて、ほとんどすべての高級将校が追放されるか、処刑されてしまったような状態でしたから。実際、ソ連機甲部隊の走行射撃はちっとも命中しませんでした。そのころのソ連の戦車運用法は基本的にこうです。指揮官が笛を吹いたら戦車は歩兵と一緒に全員で突撃。よく一等自営業先生の本にでてくる「ウラー」とかいうシーンですよ。いくら日本に性能で勝る戦車があっても、単独で突撃すれば歩兵の火炎瓶や速射砲で各個撃破されてしまいます。当然、あっさりと全滅してしまいますが方法を変えようとはせず、また同じ事を何度でも繰り返します。このことは日本にとっては非常に幸運だったと言えますね。ソ連にまともな指揮官がいたとしたら日本軍は虐殺されてしまうところでしたよ。」
「話がそれましたが、とにかく戦車が停車した時に振動が起きる場合は、それがおさまるまで主砲の命中率が著しく落ちます。量的に不利なドイツ軍は質的優位に立たなければいけなかったために、ディーゼルエンジンを採用できませんでした。もちろん逆に、ソ連軍は常に物量において勝っていましたから主砲の命中精度などはさほど問題にならなかったんですね。独ソの戦車戦におけるキルレートはそれぞれで4:1だったそうですが、それでもソ連は結局のところベルリンを占領しています。戦車による対戦車戦自体ソ連は重視していなかったという人もいます。」
「以上のことから何が言いたいのかというと、つまり第二次世界大戦の時代においては、ディーゼルエンジンがガソリンエンジンにすべての面で優越する内燃機関であった、という事は必ずしもいえないということです。」
「しかし、日本の空冷ディーゼルエンジンに関して言えば、明らかにガソリンのほうがマシだったと思える事実がたくさんあります。例えばディーゼルの騒音問題です。チハのジュラルミン製の冷却ファンの作動音はまるでサイレンをつけているかのようで数キロ先まで響き渡り、その排煙はまるで発煙筒をつけているようだと搭乗員に愚痴られました。エンジンとは関係ないですが、チハのキャタピラの走行音も酷いもので、マレーシアやフィリピンなどの舗装道路を走ると驚くほど凄い合成音になったそうです。これで、作戦に支障が出ないはずが無いですよね。したがって、ノモンハンやマレーなど、日本が成功した夜襲の多くは雷雨やスコールの中などの騒音を誤魔化せる条件下で行われています。」
「そのほかの問題点には、冷却問題があります。チハのエンジンは元々寒冷地仕様に作られていたため、南方戦線などではつねにオーバーヒート気味で長時間の連続運転はできなかったそうです。また、ディーゼルエンジンの始動性の悪さも無視できないでしょう。チハのディーゼルエンジンは一発でかかることはまずなく、電熱線で余熱してから始動させる方式でしたが、寒冷地に来るともはや急場の役に立たず、たき火や炭火で加熱し、底板が真っ赤になるまで一晩中加熱し続ける必要があったそうです。」
「しかし、始動性が最悪であったとしても、チハの信頼性や整備性だけは抜群であったというのは、かの司馬遼太郎の墨付さえある。
一度起動してしまえばチハは爆音をはきながら疾走し、敵を悩ませ続けたのだ!」
暴走族ですか?それとどうでもいいですが、低馬力、低出力の軽戦車はすべからく信頼性や整備性が高いですよ。別にチハに限ったことではありません。」
「だってそうでしょう?例えば170馬力、15トンのチハと・・・」

「700馬力、70トンのティーガーUとが・・・」

「同じ信頼性や整備性だったらこの世の不条理の最たるものですよ。」
「・・・・ところで何で下の写真の方がものすごく大きくて、チハタンが小さいんだ?」
「人間の大きさで合わせたつもりなんですが・・・・大体あってますよね?」
な、何なんだ?その化け物みたいに巨大な戦車は?
「ティーガーUポルシェ砲塔ですよ。それがどうかしましたか?」
「だ、だってふつう戦車の主砲ってもっと短いじゃ・・・・」





「もしかして・・・・・・・・日本軍厨は他国の戦車を一切知らないのかしら?」
「ではちょっとここで、遅ればせながら大戦中期以降の各国の主力中戦車を比較してみましょうか。」





100mの装甲貫通力
(徹甲弾)
同(高速徹甲弾) 最大装甲 重量 エンジン馬力 最大速度 出力/重量比 全シリーズ生産台数
九七式中戦車チハ改(日本) 60mm - 25mm 15.0t 170馬力 38km/h 11.3 2123台
5号戦車パンター(ドイツ) 180mm 250mm 110mm 45.5t 700馬力 46km/h 15.4 5976台
T-34/85(ソ連) 120mm 160mm 90mm 32.0t 512馬力 52km/h 16.0 約4万台
M4A3中戦車76mm(アメリカ) 130mm 230mm 107mm 33.7t 450馬力 42km/h 13.4 49234台





5号中戦車パンター


チハタン









M4シャーマン


チハタン









T34


チハタン





「同じ中戦車の名を冠する戦車とは思えませんね・・・・・」
「フッ チハタンが一番カワイイな。」
「・・・・・・・世界を知ったら開き直りましたね。」
「チハはボナパルトみたいだ。」
「中国人用の警察用車両しか作れないのに何で真珠湾を攻撃したんですか?」
「・・・・・そうさせたのはアメリカだ。あれは追い詰められた日本の自衛行動だ。」
チハに乗らされる戦車兵にとってみれば追い詰めるのはアメリカではなくむしろ日本ですね。
「いいの!皇軍兵の精神力は無限大なの!スペックや見た目など言わば机上の空論にしか過ぎない!
だってそうだろ?こんなカワイイ戦車を破壊できる非情な兵士は敵の中には存在しないに違いない!
・・・・そうだ!チハはやっぱり無敵だったんだ!!天才の俺が言うんだから間違いない。
「では最後にチハの実際の戦闘に関してみてみましょうか。」
「これは南方戦線でのチハの主敵のM3スチュアート戦車です。」




M3スチュアート軽戦車



「どうしてM4シャーマンじゃないんだ?同じ中戦車だろ?」
「・・・・」
「どうなんだ姫さんヨォ」
「・・・・私のような高貴な立場の者にそんな残虐な描写をさせるつもりですか?この平民が
「あ・・・あ・・・・・・ごめんなしゃい・・・・口がすこしすぎました」
「では一つだけ、チハがM4中戦車を撃破した話をしましょう。舞台は東南アジアのジャングル戦です。
日本軍は待ち伏せ肉弾攻撃を敢行し、
70mの超至近距離で側面からM4の薄いエンジンル−ムの側面の鋼板を打ち抜く』という離れ業を成功させ、見事この中戦車を撃破したことがありました。おわり!」


「では対M3スチュアート軽戦車の話に移りましょう。まずはカタログスペックを並べてみましょうか。装甲貫通力は徹甲弾のです。」




主砲の口径 100mの装甲貫通力 800mの装甲貫通力 最大装甲 重量 エンジン馬力 最大速度 出力/重量比
九七式中戦車チハ 57mm 30mm 18mm 25mm 15.0t 170馬力 38km/h 1t当り11.3馬力
M3スチュアート軽戦車 37mm 70mm 52mm 51mm 12.7t 262馬力 58km/h 1t当り20.6馬力




「・・・・ふん!精神力で補える範囲だな。」
「M3スチュアートは軽戦車でしたが、結論から言ってしまうと、チハではM4中戦車どころかM3軽戦車にもほとんど相手になりませんでした。初期のフィリピン戦では勝ち戦であったはずなのに日本の戦車隊は大損害を被ってしまいました。チハの主砲はM3の装甲をどんな距離や角度からでも貫通させる事はできず、奇襲して一番装甲が薄いはずの後面を狙って近距離で撃っても、キャラピラを切るだけであったそうです。
後日、捕獲したM3を57mm砲で試射実験したところ、正面装甲は500m、300mで撃っても塗料が剥がれただけで、側面装甲を至近距離300mから射撃しても砲弾の方が砕け散ってしまっただけとなりました。そこで、側面300mから小隊3台で榴弾を使って集中射撃したところ、やっと装甲に穴をあけることに成功したそうです。」
「場所はかわってビルマ戦線ですが、唯一のM3の撃破記録は休息しているアメリカ兵を奇襲したときにM3のハッチが全部開いていたので、その開け放たれた入り口を正確に狙って榴弾を命中させ、撃破したものだけだそうです。ここでも、いくら主砲をバカスカ撃ってもM3のキャタピラを切るだけで乗員などは一目散に逃げてしまいました。」
「このように、北アフリカではイギリス兵にブロンズ戦車とバカにされたM3スチュアートでしたが、東洋では名実共に最強戦車となってしまったため、米軍ではチハを撃破しても「戦車一両破壊」とはカウントしなかったそうです。」
「そりゃそうですよね。チハを4号戦車

と一緒にカウントしたら対独戦の米兵が間違いなく怒り出すでしょうから。」
「ち、チハタンを戦車とは認めないつもりか・・・・」
「そんなこんだで、正面から戦えば負けないまでも常に大損害が確実でしたから、旧日本軍の戦法といったものは奇襲を基本とし、敵との直接戦闘を避けるというものでした。さらに末期に至ってはM3やM4に遭遇すると即やられてしまうため、夜間だけ活動し夜襲を繰り返すようになります。しかし、夜行性となった日本軍の攻撃もすぐに一般化してしまい、大量の照明弾に照らされてチハは待ち伏せしていた対戦車砲とバズーカ砲とM4の餌食になってしまうのでした・・・・」
「う、うわあああ・・・・」
「完全に無力なチハは最後には特攻戦車に改造させられ爆弾積んでシャーマンに体当たりするようになります。
日本の兵器たちの最終的な運命は常にこれですね・・・・」
「かッ海軍だ!すべては海軍の責任だ!チハがこんな戦車として世に出る羽目になったのは!」
「予算食いの海軍が陸軍から戦車の開発費を奪ったからこんな事になったんだ!」
「そんなに影響なかったと思いますよ。陸軍は太平洋戦争半ばの43年になるまで、海軍よりも予算を多く取っていました。」




海軍に対する陸軍の予算配分比率

1941年 1942年 1943年 1944年 1945年
海軍に対する陸軍の割合 64.0% 56.0% 47.0% 35.0% 30.0%




「結局、あんまり貧乏とかも関係ないと思いますね。
日本の戦車のダメダメさはそういったものよりも、人為的な理由のほうが大きかったような気がします。」
「なぜならこういった日本戦車の弱小ぶりを改善しようにも陸軍の戦闘記録には、戦車の零距離射撃や爆弾積んだ体当たり攻撃を「善戦」と誉め讃えるばかりで、全く反省の色が無いんですね。陸軍はあいかわらず、「精神的優位」を唱えて戦場の主役はいまだに銃剣による自殺的な肉弾攻撃を行う歩兵にあると主張するのです。
同盟国のドイツとは違って、日本では戦が商売のはずの軍人ですら近代兵器の優位性を正確には認識していなかったんですよ。」
「当時、歩兵課出身の高級将校達は戦車が単独で戦うことを嫌って、対戦車能力の高い長砲身の砲を付けるのを妨害したりしてました。つまり、彼等にとっては自分の派閥にチハをとどめておく事の方が戦車の能力を上げることより重要だったんですね・・・・どこの国でもこういうことは少なからず発生しましたが、旧軍のは度が過ぎていると言わざるを得ないでしょう。戦車開発者の話ではチハの砲性能がやばい事は最初からわかりきっていたので、より大型の砲塔を乗せられるように車体上部を広めに設計していたとのことです。高性能な47mm砲の生産を妨害する歩兵課将校・・・これが日本の戦車開発のすべてを物語っています。」
「それにしても一番の被害者はチハに乗せられた戦車兵ですよ。
一体どれだけの惨めな兵士達が、鉄の棺桶ならぬブリキの棺桶の中で悲惨な最期を遂げたのか見当もつきません・・・・私だったらこんなのは絶対に許せないところでしたのに。先代は・・・・
「ううう・・・・・この天才の俺が愛する日本の戦車が・・・・戦車が・・・・・・」
いや?ちょっとまてよ・・・米軍がチハを戦車と見なさなかったのなら、
チハは戦車でなくともよいのでは?
「・・・・・・・・・・」
そ、そうだ!日本には戦車など存在しなかったんだ!!
チハは世界最強の装甲車だった。
「・・・・・・あなた、私が言うのも何ですが、出自は某半島の方では・・・・・?」
「最強装甲車チハタンばんじゃああああああああい!!」
「ついにチハは最強の装甲車だったなんて言い張るとは・・・・では最強かどうか調べてみましょうか?」
「フッ・・・フフフフフ・・・・よかろう。もはや何が出てこようとチハは最強だ・・・」
「ドイツのSd.Kfz.234というのがあります。この偵察装甲車はディーゼルエンジン搭載です。」
「ヂーゼル!!いいねいいね。チハタンの刀の錆びになりなさい!」
「では比較してみましょう。」






Sd.Kfz.234/2装甲偵察車 プーマ



「な・・・・なんかちょっとすごくつよそうじゃない?」
「カタログスペックです。」




主砲 100mの装甲貫通力(徹甲弾) 100m同(高速徹甲弾) 最大装甲厚 エンジン馬力 最大速度 重量 出力/重量比
九七式中戦車チハ改 一式 47mm戦車砲 60mm - 25mm 170馬力
ディーゼル
38km/h 15.0t 11.3hp/t
Sd.Kfz.234/2装甲偵察車 KWK39 50mm戦車砲 90mm 160mm 30mm 220馬力
ディーゼル
80km/h 11.7t 18.8hp/t










うあああああああああ!!










〜fin〜





参考書籍・関連本など

萌えよ!戦車学校 02式
田村 尚也(著), 野上 武志(イラスト)

あらゆる点で前作を超越してる・・・
戦車戦術中心


萌えよ!戦車学校
田村 尚也(著), 野上 武志(イラスト)

戦車のすべてを萌え燃えレクチャー!
史上最強の戦車解説本


MC☆あくしず Vol.1
イカロス出版
著者: 松田 未来, 栗橋 伸祐, 島田 フミカネ, 野上 武志, じじ, 重戦車工房,
颯田 直斗, 田村 尚也, 深闇 文貴, しのづかあつと

ミリタリークラシックスから隔離された模様


戦車隊よもやま物語―部隊創設から実戦まで 光人社NF文庫
寺本 弘 (著)
日本戦車部隊に関する書籍の決定版


ドミニオンFComic borne
士郎 正宗 (著)
シロマサのマンガ。2人乗りの小さい戦車が活躍する。
警察用車両だが明らかにチハよりも強そうである。


帝国陸軍陸戦兵器ガイド―1872-1945
UTP実行委員会 (著)
初心者向け


日本戦車開発物語―陸軍兵器テクノロジーの戦い 光人社NF文庫
土門 周平 (著)
個人の体験記。日本の戦車開発者たちは自分たちが作った戦車に乗せられる兵士にすまなく思っていたらしい。


9番目の戦車
ときた ひろし 著 (著)
むかし、この国に戦争があったころ、 たいせつな仲間、きょうだいたちを守るために命をかけた戦車がいた。


1/35 ミリタリーミニチュアシリーズ 97式中戦車
タミヤ
付属の日本兵の足の長さが・・・・